私の上司はご近所さん
家に帰り夕食を済ませ、リビングでテレビを見ていると食堂から「百花!」と母親に名前を呼ばれた。
もしかしたら、食堂が忙しくなったのかもしれない。
手伝いをするのは面倒くさいと思いながらも、母親を無視するわけにはいかず「は~い」と返事をすると食堂に向かった。
食堂にたどり着いた私にかけられたのは「お疲れさま」という思いがけない言葉。予想外の声に驚いて顔を上げると、食堂には部長の姿があった。
「部長! いらっしゃいませ!」
すでにイスに座っている部長が、私に向かって軽く手を上げる。
「また来るって約束したからな」
バタバタしていたにもかかわらず、書庫での会話を覚えてくれていたことがうれしい。
「ありがとうございます。えっと、ご注文は?」
「もう済んだ。いつものサバの味噌煮定食を頼んだ」
「そうですか」
店内を見回すと、お客さんは部長のほかにひとりいるだけ。どうやら私を呼んだのは食堂を手伝ってほしいわけじゃないようだ。部長の向かいのイスに腰を下ろす。すると部長がビジネスバッグの中から、あるものを取り出した。
「これ。返しそびれていたハンカチとそのお礼だ」
「ハンカチとお礼?」
テーブルの上に置かれた花柄のハンカチは、たしかに私のものだ。でも小さな黄色の紙袋には心あたりがなかった。