私の上司はご近所さん
「雨の日、一緒に帰っただろ? そのとき、どさくさに紛れて園田さんのハンカチを持って帰ってしまったらしんだ。返すのが遅くなって悪かったな」
部長の折り畳み傘に入れてもらって帰ったのは、今から約一ケ月半前のこと。今さら?と一瞬戸惑ったものの、忙しい中、雨の日の出来事をきちんと覚えてくれていたことがうれしかった。
ハンカチを手にすると、しわひとつないことに気づく。
「もしかして部長が洗濯してアイロンを?」
「まあな」
「プッ!」
オフィスでは隙を見せない部長が、洗濯機を回してかいがいしくアイロンがけしている姿を想像してみたら、思いがけずおかしくて吹き出してしまった。
「なにがおかしい?」
「だって……」
まだ笑いが収まらない。クスクスと笑い続けていると、部長が私に冷ややかな目を向けた。
「これは返してもらう」
部長はテーブルの上に置いた小さな紙袋を、自分の手もとに引き寄せてしまう。
「あっ! もう笑いません!」
「本当か?」
「はい。本当です!」
紙袋の中になにが入っているのか気になる。まだ込み上げてくる笑いを必死に堪える私の顔を、部長がじっと見据えた。
しばらく沈黙が続いたあと、部長の「よし」という声とともに目の前に紙袋が差し出される。まるで『待て』から解放された犬のようだと思いながらも、勢いよく紙袋を手に取った。