私の上司はご近所さん
鼻息を荒げて母親に反論しようとした矢先、部長が穏やかに口を開いた。
「いいえ。雨に濡れてしまったときに借りたハンカチのお礼ですから」
「まあ、そうでしたか」
「はい」
「部長さん、遠慮せずにお代わりしてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
どうやら母親は、部長の爽やかな対応に満足したらしい。フフフと笑うと私たちのテーブルから去って行った。
「部長、すみません」
私が謝ったのは、部長の前で母親とくだらない言い争いをしてしまったから。
「いや。園田さんとお母さんのやり取りは見ていて楽しいよ」
部長はそう言っておおらかに笑うけれど、私にはいちいち口を挟んでくる母親は若干鬱陶(うっとう)しい。
「……すみません」
母親の馴れ馴れしい態度にも嫌な顔をしない部長に、再び小さく頭を下げた。
部長は穏やかな笑みを浮かべつつ「いただきます」と両手を合わせる。
「夕食は済んだのか?」
「はい」
「そうか」
「部長は今日も残業だったんですか?」
「まあな」
他愛ない会話を交わしながら、おいしそうに食事をする部長の様子はとても微笑ましくて、いつまでも眺めていたいと思ってしまった。
「園田さんの夏休みの予定は?」
ぼんやりと部長を見つめていた私は、彼の質問でハッと正気に戻る。
「残念ながらなにも予定がないんです。そういえば、佐藤さんはハワイへ行くらしいですよ」
さっき得たばかりの佐藤さんの情報を部長に伝える。