私の上司はご近所さん
「百花ちゃん。用意ができたら和室にいらっしゃいね」
ヨーグルトを食べる私に、おばあちゃんが話しかけてくる。
おばあちゃんの口から『浴衣』というワードはいっさい出てない。けれど『和室にいらっしゃいね』という言葉の前に『浴衣の着つけをするから』という言葉がつくのだと、すぐに察しがついた。
昨日の夜『浴衣は着ない』とたしかに言った。でも、おばあちゃんがそこまで楽しみにしてくれているのなら仕方ない。
「うん、わかった。後で行くね」
「ええ、待ってるわ」
おばあちゃんのにこやかな笑みを見たら、浴衣を着ると決めてよかったと思った。
「はい、出来上がり。百花ちゃん、よく似合っているわよ」
「おばあちゃん、ありがとう」
手際よく浴衣を着つけてくれたおばあちゃんにお礼を伝える。
昨日は浴衣を着るつもりなどなかった。でもこうして浴衣を着てみると、気持ちが高揚していることに気がつく。
単純すぎる自分にあきれながらも、自然に緩んでしまった口もとをキュッと引き締め直すと、鏡台に映し出された自分の浴衣姿を見つめた。
朝顔の浴衣に合わせたのは家にあった赤い帯。鏡台に背中を向けると、蝶結びした帯が映し出される。
かわいい……。
華やかで品を感じる浴衣姿に大満足だ。