私の上司はご近所さん

「百花、ちょっとここに座りなさい」

「う、うん」

母親が指し示したのは鏡台の前。この鏡台はおばあちゃんがおじいちゃんと結婚するときに、花嫁道具として持ってきたものらしい。

縦に長い鏡と引き出しがついた鏡台の前に正座をすると、肩にタオルがかけられる。

「今日は部長さんが来るんでしょ?」

「……うん」

「だったらもっと綺麗にしないとね」

「……」

母親もおばあちゃんも、私が部長を好きだと気がついている!とすぐに確信したけれど、部長に彼女がいることを打ち明けたら、きっと家族は私を心配する。

そう思ったら、なにも言えなくなってしまった。

黙り込む私の髪の毛を母親がスルスルと解いていく。そして両サイドの髪の毛を器用に編み込み始めた。編み込みが終わった髪の毛を巻き込んでアップにすれば、あっという間に浴衣に似合う髪型の完成だ。

「えっと、髪飾りはどこだっけ?」

母親がタンスの引き出しを開けて髪飾りを探していると、玄関のチャイムがピンポンと鳴った。

おじいちゃんと父親、お兄ちゃんはすでに食堂の仕込みに入っている。

「あ、私出る。はーい!」

古いこの家にはドアホンなどついていない。大きな声で在宅を知らせると廊下をパタパタと小走りした。つっかけサンダルを履き、玄関の引き戸をガラガラと開けた。

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