私の上司はご近所さん
「ありがとう。ちょっと奥に行って鏡見てくるね。あ、翔ちゃんも上がって」
翔ちゃんもウチに上がるように促すと、体をクルリと半回転させる。けれど家に上がろうとする私を制するように、翔ちゃんに手首を掴まれてしまった。
「いや。俺、まだ作業があるから」
「あ、そっか」
矢野ベーカリーの開店時間は午前八時から。きっと店を抜け出して、私に髪飾りを届けてくれたのだろう。
「あのさ……」
「なに?」
なにかを言いたげな翔ちゃんに向き直ると、瞳を真っ直ぐ見つめられる。
「俺、百花に話がある」
改まって『話がある』と言われたら、どんな内容なのか気になってしまう。
「話ってなに?」
「……」
しかし話の続きを急かしても、翔ちゃんの口から言葉は出てこなかった。
突然、家に尋ねて来たり、髪飾りをプレゼントしてくれたり、今日の翔ちゃんはちょっと変だ。ひょっとして変なものを食べたのかもしれない。
「翔ちゃん?」
心配げに翔ちゃんの顔を覗き込むと、私の手首を掴んだままの彼の指先に力がこもった。
「百花、俺の彼女になってほしい」
「……っ!」
えっ? これってまさかの告白? でも、どうして?
ようやく翔ちゃんの口が開いたものの、思いもよらない成り行きに驚いてしまった私は放心状態になってしまった。ただ翔ちゃんの瞳を見つめ返すことしかできない。