私の上司はご近所さん
「今日の夜八時。あそこで待ってるから」
「えっ?」
「あそこって言えば、わかるだろ?」
「あ、うん」
今日は夏祭り。翔ちゃんが言う『あそこ』とは、『あの場所』のことだろうとすぐに察しがついた。
「返事はそのとき聞く。じゃあな」
私がコクリとうなずくと、掴まれていた手首が解放された。
言葉少なげな翔ちゃんが玄関から出て行った瞬間、鼓動がトクトクと音を立て始める。
髪飾りをつけられたときの近い距離、私の手首を掴んだ力強さ、そして予想外の告白……。
たしかに私は翔ちゃんを男として意識していたと、今気づいた。
翔ちゃんが帰ったあと和室に戻ると、再び鏡台の前に正座した。少し体を斜めにすると、ピンクの小花が散りばめられた髪飾りが、私の左耳の後ろで可憐に咲き誇っている様子が見える。
「あら、かわいい髪飾りね。翔ちゃんの声が聞こえたけれど、もしかしたらプレゼント?」
「うん。そう」
ぼんやりと鏡を見つめる私に、おばあちゃんが話しかけてきた。
私が翔ちゃんと話している間に、母親は洗濯物を干しに行ったらしい。だから今、和室にいるのは私とおばあちゃんのふたりだけだ。
「ひょっとして翔ちゃんに好きだって言われた?」