私の上司はご近所さん
「俺が百花のことが好きだと気づいたのは、藤岡さんがきっかけだったんだ」
「えっ? 部長がきっかけ?」
「ああ。藤岡さんと仲良くしている百花を見たら、なんかこう……胸がモヤッてしてさ」
翔ちゃんは自分の胸に手をあてると、話を続ける。
「俺は百花が好きなんだってようやく気づいた。なあ、百花?」
「なに?」
「もっと早く、この気持ちを百花に伝えていたら、俺たち……」
「翔ちゃん……」
もしも、私が部長を好きになる前に翔ちゃんから告白されていたら、私たちは恋人になっていたのかもしれない。
でも人生に“もしも”はないと、私も翔ちゃんもわかっている。
「な~んてな。俺と百花は今までも、この先もずっと幼なじみだ」
翔ちゃんがわざと明るい声をあげたのは、少し重くなった雰囲気を和らげるため?
「翔ちゃん、ありがとう」
自分の思いを強引に押しつけることなく、私の気持ちを優先してくれた翔ちゃんに感謝しつつお礼を伝えた。
「さて、俺、店の片づけがあるから先に行くな。気をつけて帰れよ」
「うん」
言葉だけを聞いていると、翔ちゃんの様子はいつもなにも変わらない。けれど、幼なじみの私にはわかってしまう。翔ちゃんが無理をしていると……。
肩を下げて、引きつった笑みを浮かべる翔ちゃんの姿に胸が痛む。
翔ちゃん、ごめんね。
心の中で翔ちゃんに謝りながら、私に背中を向けて立ち去っていく彼の後ろ姿を見送った。