私の上司はご近所さん
「へえ、そうなのか。偶然だな」
「えっ?」
「俺はさつき通り商店街を抜けた先のマンションに引っ越してきたんだ」
思いあたったのは、今年の二月に完成したマンション。かつてそこは木造一階建ての貸家が立ち並んでいた。しかし老朽化のため貸家は壊され、新たにマンションが建設されたのだ。
「もしかして十五階建てのマンションですか?」
「ああ、そうだ」
二次会に参加していたら、部長と一緒にタクシーに乗ることもなかったし、家が近所だということも知らずにいたはずだ。
「部長、これからもよろしくお願いします」
ご近所さんとして改めて挨拶をすると、瞳を細めた部長がクスッと笑った。
「こちらこそ、よろしく」
部長って、こんな風に優しく笑うんだ……。
オフィスでは難しい表情を浮かべながら、パソコンとにらめっこしている部長が見せたレアな笑顔は破壊力抜群で、私の心臓が大きな音を立てた。
「部長、二次会には行かなくてよかったんですか?」
違う話題を振ったのはタクシーという密室で沈黙が続いたら、ドキドキと高鳴っている私の鼓動が部長に聞こえてしまうかもしれないと思ったから。
「歌を歌っている時間があるなら家に帰って寝たい。これが俺の本音だ」
「そうですか」