私の上司はご近所さん

さつき通り商店街のアーケード前でタクシーを降りると、部長と肩を並べて足を進める。

「部長、このお肉屋さんのコロッケは絶品なんですよ。それからあの魚屋さんのお刺身は鮮度抜群でおいしいです」

「そうか。今度寄ってみよう」

今の時刻は午後十時。営業を終えた商店街の店舗のシャッターは、すでに閉まっている。それなのにお店の説明に力が入ってしまうのは、部長が爽やかな笑顔で私の話を聞いてくれるから。仕事をしているときの部長と、今の部長はまるで別人みたいだ。

「あの和菓子店のお薦めはどら焼きです。甘さ控えめの餡子(あんこ)とふんわりとした生地が絶妙でとてもおいしいんですよ」

「へえ、そうか」

私が生まれ育った大好きなさつき通り商店街を部長にもっと知ってもらいたい。その熱い思いのせいで、つい口数が多くなってしまう。

「それと、あそこの八百屋さんは……」

部長にそう説明しかけたとき、八百屋さんの隣の店舗の通用口が開いた。中から出て来たのは私よりふたつ年上の矢野翔太(やの しょうた)。翔ちゃんは私の初恋の相手だ。

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