私の上司はご近所さん
「よお、百花。今帰りか?」
私に気づいた翔ちゃんが声をかけてくる。
あれは私が高校一年生の夏祭りのときのことだ。浴衣を着てテンションが上がった私は翔ちゃんのことが好きだという気持ちを抑えることができず、ずっと胸に抱いていた恋心を思い切って彼に伝えた。でも『俺、彼女いるから』とアッサリとフラれてしまったのだ。
けれど、このまま翔ちゃんとギクシャクするのは嫌だ。だから私は翔ちゃんに、今までと同じように接してほしいと頼んだ。
私と翔ちゃんは幼なじみ。この関係は昔も今も、そしてこの先も永遠に変わらない。
「うん。翔ちゃんはまだ仕事?」
「まあな。でも裏の倉庫から粉を運んだら終わりだ」
家業を継いだ翔ちゃんは『矢野ベーカリー』というパン屋の三代目。作業着の白いコックコートがよく似合っている。
「そっか。がんばってね」
「おう」
学生の頃は毎日のように顔を合わせていたのに、お互いに社会人となってからは会う回数がめっきり減ってしまった。久しぶりに翔ちゃんと話してテンションが上がる中、彼の視線が私の隣に移動したことに気づいた。
いけない。部長の存在をすっかり忘れていた……。
慌てて部長に翔ちゃんを紹介した。