私の上司はご近所さん
あたふたしながらプレスリリース下書きの修正作業を進めていると、午前の業務終了を知らせるチャイムが鳴った。
お昼休憩は一番好きな時間帯。一刻でも早く社員食堂に行きたい気持ちを抑えながらキリのいいところまで、と作業していると「園田さん」と声をかけられた。
「はい」
「聞こえたわよ。やり直しだって?」
「そうなんです」
私に声をかけてきたのは先輩の横山さん。入社八年目の彼女は社内広報を担当している。
「部長ってちょっと厳しいよね? 私は三回も書き直しさせられちゃった」
「そうなんですか!?」
うなずいた横山さんが、不満そうに唇を尖らせる。
「それにちっとも笑わないし、いつも難しそうな顔をしていない?」
「あ、そうですね」
横山さんの言う通り、オフィスで部長の笑顔を見たことがない。でも歓送迎会の帰りは爽やかな笑みをたたえながら私の話を聞いてくれたし、土曜日はウチでおいしそうに食事をしてくれた。
もしかしたら部長は、仕事とプライベートの切り替えがすごく上手な人なのかもしれない。
そんなことを考えていると、私たちの会話に入社十年目の白井さんが割り込んできた。白井さんも社内広報の担当だ。
「しかも彼女いるしねぇ」
「そうそう! あれにはガッカリですよ!」
私たちのほかには誰もいないオフィスに、白井さんと横山さんの声が響き渡る。
「その彼女と結婚するのかな?」
「どうなんでしょうね」
白井さんと横山さんは同じ業務担当でお互い独身。しかも年齢が近いせいもあって、話が合うらしい。
「それより営業部の新人、見た?」
「見ました! 結構イケメンですよね?」
「そうなのっ!」
私のことなどそっちのけで、ふたりが盛り上がり始める。
あれほど部長のことを気にしていた女子社員たちは、彼に彼女がいると知った途端、ちっとも騒がなくなった。
彼女たちのあからさまな変化にあきれつつ、下書きの修正作業を進めた。