私の上司はご近所さん
最寄り駅から自宅までは徒歩十五分。迎えが必要な距離ではない。
「野沢のおっちゃんが、最近変質者が出るらしいって騒いでいたからさ」
「えっ? 変質者?」
野沢さんとは、さつき通り商店街の肉屋のおじさんのこと。情報通で知られている。
駅前通りは遅い時間まで営業しているお店があるため、人通りも多い。けれど営業が終わり、シャッターが閉まったさつき通り商店街は人の姿もなく、うら寂しい。
「まあ、百花みたいなお子ちゃまには、変質者も寄ってこないだろうけどな」
ニヤつきながら私をからかう翔ちゃんが憎らしい。
「お子ちゃまじゃないもん!」
「そうやってすぐにムキになるところがお子ちゃまなんだって」
売り言葉に買い言葉。くだらない言い争いが続きそうになったとき、背後からププッとクラクションを鳴らされる。フロントガラスに視線を向けると、前の車との距離がいつの間にか開いていることに気がついた。
「やべっ」
短く声をあげた翔ちゃんが、慌てて車を発進させる。それでも進んだのは、ほんの数メートル。いつになったら水族館に到着するのか先が読めない。
「電車にすればよかったね」
今さらそんなことを言っても仕方がないとわかっていても、つい愚痴をこぼしてしまう。
「電車だって混雑してんじゃねえの。別に急いでいるわけじゃないから、のんびり行こうぜ」
「うん」
翔ちゃんがハンドルを握りながら、ニカリと笑った。