私の上司はご近所さん

変質者が出るという噂はゴールデンウイークに出かけたときに、翔ちゃんから聞いていた。翔ちゃんの話に関心を示していれば、もっと自己防衛できたはずだと、反省する。

「うん。ゴメン……」

頭をペコリと下げて翔ちゃんに謝る。

「そういえば、変質者から百花を助けたのって、藤岡さんなんだって?」

「うん。偶然なんだけどね……」

出張帰りの部長に助けてもらった経緯を翔ちゃんに説明する。もちろん部長に抱きついた事実は伏せた。

部長にも迷惑をかけてしまったし、家族や翔ちゃんにも心配させてしまった。

シュンと肩を落としていると、翔ちゃんがポツリとつぶやいた。

「百花、オマエ、藤岡さんのこと……」

部長の名前を口にしたきり、言葉に詰まった翔ちゃんに先を促す。

「部長が、なに?」

黙り込んでしまった翔ちゃんの表情は暗く、なにか思い詰めているように見えた。

いったい、どうしたんだろう?

うつむきがちな翔ちゃんの顔を覗き込むと、お互いの視線が合う。翔ちゃんは勢いよく顔を上げると、慌ててイスから立ち上がった。

「いや、なんでもない。じゃあ俺、仕事戻るわ」

「うん。あ、翔ちゃん。心配してくれてありがとう」

「お、おう」

私に向かって軽く手を上げた翔ちゃんが食堂の引き戸をガラガラと開ける。翔ちゃんがなにを言おうとしていたのか気になりつつも、食堂から出て行く彼を見送った。

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