PMに恋したら
鏡で見た自分の顔はそれは酷い顔だった。シバケンの家にはメイク落としがないからまだマスカラが少しついているし、私の肌に合う化粧水もないから頬が乾燥している。
遅い時間に返ってきたシバケンとのセックスに時間を割いたから私も十分には寝れていない。母以上に疲れた目をしていた。パックをしないと化粧ノリも悪そうだ。
髪や体を入念に洗い、髪を乾かすと顔に保湿マスクを貼りつけた。肌に液が染み込むようにギュッギュッと押しつける。
化粧ポーチを2階の部屋に忘れたことに気づいて廊下に出た。するとキッチンから坂崎さんの声が聞こえた。
もう起きてきたの? 早すぎじゃない?
母と話す声は寝起きとは思えないはっきりした爽やかな声だ。食器のカチャカチャとした音が聞こえるから朝食の支度を手伝っているのかもしれない。その外面の良さは見習いたいほどだ。
静かに2階に上がると化粧ポーチを持って再び下りた。
「実弥さん、お帰りなさい」
坂崎さんは私が階段を下りたちょうどのタイミングでキッチンから出てきた。この人と挨拶なんてしたくない。言葉を交わすことも、顔だって見たくはない。けれど無視をするなんてことはできそうにない。
「……おはようございます」
それだけ返すのが精一杯だ。
「ふっ、ははは」
私の顔を見て笑い出す坂崎さんに首をかしげた。
「すっぴんどころかマスクをした実弥さんを見られるなんて得したなあ」
慌てて手で顔を覆った。パックをしたまま移動したから恥ずかしい顔を坂崎さんに見られてしまった。焦る私を坂崎さんはニコニコと見つめる。けれど口は笑っていても目が笑っていない。
「その可愛さ、増々結婚したくなりました」
白々しい言葉に寒気がする。この人は私を好きなわけではない。自分の思い通りになる女を結婚相手にしたいだけなのだ。心にもない言葉を吐いて私の機嫌を取ろうとしている。
「…………」