PMに恋したら
我ながら驚くほど冷めた視線を向ける。シバケンに抱かれて嫌な気持ちを忘れられても、こうして目の前に立たれると昨夜のことが腹立たしくなってきた。
坂崎さんはキッチンへの扉を閉めた。母に会話が聞こえないようにするためだと悟って警戒する。
「実弥さん、今夜お食事に行きませんか?」
「お断りします」
即答したけれど坂崎さんは全く動じない。
「では明日はいかがですか?」
「明日も明後日も、もう今後坂崎さんとお会いしたくはないです」
この人のペースに呑まれないよう強気な口調になる。隙を見せたら気持ちが捕まってしまいそうだ。
「僕の記憶の中の実弥さんと今の実弥さんは別人のようですね」
坂崎さんはスッと私の耳元に顔を寄せた。
「こんなふうに変えたのはどこの男でしょうね」
囁かれた言葉に鳥肌が立つ。この人は私を通してシバケンに敵意を向けている。
「これが本当の私です。坂崎さんの好みの女じゃないですよ」
一歩坂崎さんから離れて睨みつけた。保湿マスクのせいでどこまで威嚇できているかはわからないけれど。
「これはこれでやる気が出るってもんですよ。強気なほど服従させ甲斐があります」
嫌悪感が湧き肩が小さく震えた。坂崎さんの目力に圧倒される。父も私もとんでもない人に関わってしまったのではないだろうか。
この人に捕まったら私は一生奴隷になる。表面上恋人や夫婦になったとしても何をやるにも従わせられるのだろう。そんな関係はごめんだ。対等な立場でいるから愛せるのではないのか。
自然とシバケンの顔が浮かんだ。
「明日にしましょう」
坂崎さんは怖いほどの笑顔になる。
「会社の近くにはまだ通り魔が出るかもしれません。仕事が終わったら迎えに行きますのでそのまま食事に行きましょう」
「結構です。一緒に帰る同僚がいますので」
ほとんど毎日駅まで丹羽さんの車に乗せてもらっている。それに私にとって通り魔と今の坂崎さんは同じくらい怖い存在だ。
坂崎さんが口を開きかけたのを合図に足を動かして洗面所に逃げた。