PMに恋したら
鍵を閉めるとマスクを乱暴に剥がしてゴミ箱に投げ捨てた。まだ数分しかたっていないので肌にマスクの効果は感じない。こんなに早く剥がすのはもったいないけれど、できるだけ早く支度して家を出たい。坂崎さんと同じ空間にいる方が精神衛生上よろしくなさそうだ。
メイクをし、出勤する準備ができた頃にはリビングに朝ごはんが並んでいた。
坂崎さんにお茶を淹れる母は楽しそうではあったけれど、私を心配して一睡もできなかったのは申し訳ない。
今坂崎さんがこの家にいなければ母はこの瞬間も寝ていられたのに。
いや、そもそも父が坂崎さんを泊めるのがいけないのだ。だからこの家に私の居場所がなくなって出ていったのだから。
「ねえ実弥、本当にご飯いいの?」
キッチンから玄関に来た母は全身鏡で服をチェックする私に再び聞いてきた。
「うん、大丈夫。それよりも早くお父さんを起こして出社させた方がいいよ。お母さんも寝たいでしょ?」
「そうね。でもお母さんはもうちょっと坂崎さんとお話してみたいわ」
「え?」
「息子ができたみたいで楽しいしね」
そういえば母はできることなら男の子も産みたかったと以前言っていたことを思い出した。息子ができることを喜んでいるのかもしれないけれど寂しさを感じた。
「坂崎さんね、子供の頃にご両親が離婚されてお父さんに引き取られたから、お母さんの料理が思い出せないんですって」
「へー……」
鏡を見て髪を手で撫でつけながら興味がないことがバレバレの相槌を打った。
「だから自分が結婚したら温かい家庭を作りたいんだって」
その坂崎さんの理想の家庭のイメージには私も含まれているのだろう。言うことに従う人形の私が。
それは昨夜語った、私の意思なんて反映されない坂崎さんの理想だけの家庭。
父が寝室から出てきた気配を感じると「いってきます」と慌てて家を出た。
早くこの家から出て自分の力で生活をしなければ、私は坂崎さんに捕まってしまう。