棘を包む優しい君に
13.事実を受け入れよう
 馬鹿だな。
 副社長って言うほどに緊張してるくせに。

「心配するな。俺は大丈夫だ。
 ……誰かさんのお陰でな。」

「でも……また朝、戻れないと困ります。
 相手が出来るとキス以外で戻れなくなるそうで………。」

 そうか。それで……。

 朝、鏡を見て戻れなかったことに合点がいった。

 番いなんて持つつもりは無かった。
 だからオヤジの人外として知っておかないといけない話をきちんと聞いてこなかった。

 今度は聞かなきゃいけないな。

 朱莉は番いだということを受け入れるしかなかった。

「大丈夫だ。ドレスはほぼ完成した。
 あとは花嫁になる人に合わせて最終調整するだけだ。
 昨日みたいな無茶はしない。」

 普通に過ごしていればよっぽど……。

 それでも心配そうな朱莉に折れて似合わないことを口にした。
 それは胸が焼けるほどの甘い声。

「だったら………。
 おはようのキスしに来てくれよ。」

 おはようのキスってなんだよ。
 こいつに流され過ぎだろ。

 そう思うのに、朱莉に手を伸ばして腕の中に収めた。
 柔らかなぬくもりを感じて幸せに溺れたいと柄にもないことを思う。

 自分の胸元にある顔を覗き込んで、そっとキスをした。

「ほら。今しとけば朝まで大丈夫だ。」

「……はい。あの……。」

 朝まで大丈夫と囁いたくせに、またあの味に囚われて、もう一度味わいたくなる。

「もう1回だけ……。」

 囁いて重ね合わせた唇の隙間から舌を滑り込ませた。
 狂おしいほどに求める気持ちを暴走させないように手のひらに爪を食い込ませながら。




 気が変わる前に呼んだ爺に連れられて朱莉は帰って行った。

 健吾は今まで逃げて来たことに立ち向かおうと携帯を手にした。

「オヤジか?まだ会社にいるか?
 話を聞きたいんだ。
 あぁ。分かった。今から行く。」



 会社に着くと社長室の前に来た。
 重い気持ちを振り切るように顔をたたいて自分自身に喝を入れる。

 違和感を感じて手のひらを見れば、強く握り締めすぎた時に出来た傷があった。

 何度目かの爪痕を指でなぞる。
 まだ真新しいそれはヒリヒリとした痛みをもたらした。

 あいつと……うまくやっていこう。
 覚悟を決めて社長室のドアをノックした。



 社長室に入ると気持ちが折れてしまう前に話してしまおうと口を開いた。

「今まで聞かずにいて悪かったと思ってる。
 俺たちの……人外のことを教えて欲しい。」

「そうか。まずは座りなさい。」

 オヤジは来客用のソファに掛けていて、自分の前を勧めた。
 健吾は緊張気味にオヤジの前に座った。



「では、だいたいは分かったかな。
 くれぐれも気をつけるんだよ。
 朱莉ちゃんは狙われやすい。」

 狙われやすい。
 冗談で言っていないことくらいオヤジの顔を見れば分かる。

 重い言葉を受け取るようにその言葉を胸に刻む。

「じゃ……俺の気持ちを抑える方法はないんだな。」

「そうだな。
 そういう気持ちになるのにも訳があるから……。」

「あぁ。さっき聞いて理解してる。
 ただやっぱり無いのかと思って。
 いや。いいんだ。」

 オヤジに礼を呟くように告げると社長室を出た。


 健吾が出ていった社長室でオヤジは天を仰いだ。

「そんなに思うほど朱莉ちゃんを大切に思ってるんだな。」

 父の呟きは健吾に届くことはなかった。





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