棘を包む優しい君に
 アパートは質素で女の子らしい部屋だった。

 こいつは今まで自分の周りにいた女とは確かに違う。
 無駄な装飾はつけていないし、それに…。

「お前、口紅とかつけないのな。」

 つい口を出た疑問は、みるみる朱莉を赤くさせて居心地が悪い。

「別に変なこと言ってないぞ。」

「だ、だって。ごめんなさい。
 口紅つけます。」

「馬鹿。違う。あんな甘ったるくて不味いものつけてない方がお前の味が………。
 いや。なんでもない。」

 何を言おうとしたんだ。
 こんなことを言いに来たんじゃないだろ。

 先ほどの姿が頭をチラチラして、自分の言ったセリフも相まって朱莉のぷっくりとした唇に視線が向かう。

 ダメだと思えば思うほど………。

「あ、何か食べます?
 夕食はまだですか?
 ちょっと早いですけど……。」

 キッチンの方へ行った朱莉の異変に気づいて追うようについて行く。

 こちらに背を向けてキッチンに立つ朱莉を後ろから抱きしめた。
 そして頬を頭の上に乗せる。

 朱莉は震えていた。

「どうした。俺が来るの嫌だった?」

 ひどく甘い声が出て、自分でも驚いた。

「す、好きな人が家にいると思うと……。」

 こいつ……。

 心臓が軽いジャブを食らった気がして、雄の部分が出ないように自分の腕に噛みついた。

「イッテ……。」

「どうしました?突然。
 そんなにお腹空きました?」

「そんなんじゃねーよ。」

 気が抜ける質問に笑えてくる。

「ちゃんとお前の疑問に……疑問があるなら答えなきゃなと思って。
 これじゃ飯はいつ出来るか分からないな。」

 震えは止まりそうにない。
 カタカタと震える手をもう片方の手で押さえていても震えているのが分かる。

 再び感じる、小動物みたいだという感想にフッと笑みをこぼす。

「飯はいいよ。
 なんかコンビニで買ってくる。」

「で、でも……。お昼もそんな風で……。」

「いい。また今度の楽しみに取っとく。」

 首すじに唇を触れさせて、噛みつきたいのを抑えて体を離した。
 触れた時に「ひゃっ」と声を出した朱莉が首すじを押さえてへたり込んだ。

「痕はつけてないからな。
 お前のも適当に買ってくる。」

 返事も聞かずにアパートを出た。

 こんなにも心が急いているのは初めてだ。
 触れずにいようと決めて入ったはずのアパートで震える手を見ただけで箍が外れた。

 番いだからなのか。

 答えは………。
 話さなきゃいけない。





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