オフセットスマイル
 見覚えのない女だ。いや、そう信じたい。仕方なく顔をぼんやりと確認する。自分の頬の側で彼女の髪がサラサラと靡き、なぞるような毛先の感触があった。

 しかし、その毛先が意外にこそばゆい。

 それだけが原因ではないのは言うまでもないが、ついに僕の中で粛々と沈殿された不安という得体の知れないものが身体中に充満し、その内なる圧力が頂点に達した時、説明の付かない怒りが、彼女に向けられ爆発した。

 僕は今、彼女を改めて凝視している。

 とにかく、胸がデカイ。突出し過ぎだと、まざまざと思う。何を食べて、どうやったら、そんな風にフクヨカに育つのか? そして、それをそのまま、自然の実りとして任せている気が知れない。
 ──いや、それは違う。自然に逆らうことを考える、自分の方が理不尽ではないか。

 だいたい何だよ、その茶髪は。
 日本人なら、生まれたままの黒髪を大切にするもんだ。自分の遺伝子を軽ろんじて、なんとも思わないのなら、見掛けだけにこだわった、流されやすい芯のない浅い人間とされても、文句は言えまい。
 たといそうでなくとも、茶髪は損だ。

 ──いや、それもそんな話ではなかった。長年に渡って滑らかな黒髪に魅了され続けられた僕が、受け入れられなくて、単に茶髪を嫌っているだけだ。僕の了見が狭く、幼くてバカなのだ。

 それに、その格好。
 メイド気分か?

 その無意味なフリフリ装飾。服装には、その場その場に合った、自分を見せる役目がある。今の役目は一体なんだ? 本来のメイドは、自分を主張したりしない。もっと落ち着いた服を着ろって。

 スカートが短い。
 膝を出すな。
 爪は長いし、色も濃い。


 店員に何やらせてるんだ、ここの店長は……。

 店長はどこだ?

 どこへ行った?


 ……て、お前。

 ……。



「珠子か!」




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