オフセットスマイル
「僕からお願いするよ」


「律儀ね」


「普通だろ。当たり前のことじゃないか」


「そういうところ、イマドキの若者じゃないよね」


 皮肉を言っているようで、悪意がないのは解っている。僕が知っている珠子の性格は、そういった類とは無縁だ。


「必要なことを煩(わずら)わしいと言って、逃げてばかりいたら、きっと大人にはなれないよ」


 僕は確かに、そう、思っている。うまく行かないことばかりという事も、分かっているつもりだ。


「へー、いい事いうじゃない」


 萌え萌えのメイドの格好をしているのを忘れるぐらい、珠子は両手を腰に当てて、凛々しく胸を張った。


「『良いオトナ』になれないんじゃなくて、『大人』になれないんだね」


「そうさ」


「僕にとってはありがたいよ。寝る場所もなかったから」


 本音だった。

 情けない話だが、珠子には隠さなくても良いと思った。


「それじゃ、決まり。お父さん!」


「行くよ、僕の方から!」

 お願いする立場の僕は、恐縮してすぐに立とうとしたのだが、珠子の父は、思いの外素早く、ほいほい、とやって来て、にじり寄った。


「お客に呼ばれたら直ぐに来るでしょ? コレが客商売だよ」


 囁くようで、温かい声だった。

 すみません、と謝った僕に、珠子の父はそんな風に返した。


 本当にいい人だな、と僕は思った。

 珠子の父は、結局こんな状態の僕を呆気なく、そして快く雇ってくれた。
 

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