オフセットスマイル
 電車を降りて、駅の構内に掲示されていた周辺地図を確認する。


 もう既に、雨はすっかり上がっていた。

 天気は気まぐれというが、今日の僕は本当に的を得ている。濡れたことがどうこうというより、気分的なものだった。


 雨上がりの地面を踏んで、古い下町を縫うように歩く。

 ひび割れたアスファルトの隙間から、光に照らされ、金粉が混じったような湿った空気が、シルクのような滑らかさで、ゆっくりとゆらゆら筋を作って、上へ上へと湧き出ている。

 それを大きく巻き上げるように鼻から吸い込むと、意外にも体の隅々まで満たされ、外の世界と同じ圧力で均衡を保った。体内に沈殿していたものが、同じ速さで外に流れ出ていく。

 僕はゼリーに取り込まれた標本になったような心地で、いつまでもその世界に浸っていたかった。


 都会の外れには、沢山の民家がひしめき合っていた。

 一軒が出しゃばれば、もう一軒が引く。一軒が寄りかかれば、もう一軒が支えてやる。なるほど、うまい具合に出来ている。


 そんな家々の隙間に、木造の大きな門構えがあった。
 それは、間違いなく奥まった屋敷に続いている。

 周りの民家を威圧していてもおかしくはないのだが、そんな雰囲気を醸し出すことも無く、やはり、威張らずに佇んでいる。いや、溶け込んでいる、と言った方が適切かもしれない。

 僕はそこで、足を止める。 

 もう一度確認したのだが、間違いなくそこが、僕の目的地であった。

 


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