オフセットスマイル
高速バスは、僕の慣れ親しんだ故郷をゆったりと滑らかに走った。
最初のうちは、目の前を流れるガラスの先の景色に、特別な思いは生まれなかった。名残惜しいとか、寂しいとか、そんな風には思わない。
時たま、オレンジ色のネオン光が差し込み、バスの天井を同じ色で染める。
まるでそれは、橙色のセロハン紙を切り抜いて、裏面から貼り付けたような、色付きの影絵を思い起こさせる。
アームレスト付きの三列シートのバスで、進行方向に対し、僕の席は左側の窓際だった。窓から見える沈黙した町を眺め、家で眠っている父親と母親の事を、重ねて想った。
知らない町を通過した頃、隣の席から寝息が聞こえる。
なかなか眠くはならなかった。席の周りから、それぞれの寝息が、何重にも僕の耳に届く。
両耳を塞ぐと、靴を脱いで靴下を履いた足先に目がいった。爪先まで伸ばし、色が落ちて白くなったジーンズのシワを、膝を使って意味もなく伸ばした。
──僅かな光を遮り、カーテンを引くと、ふと、前のシートのヘッドレストの広告が目に入った。
「ゆっくりと、休んでね」
まるで、いわゆるテレパシーのように、頭の中に直接働き掛けてきた。
それは、まだ幼い女の子の声だった。
青いフリルの付いた服を着て、両えくぼが可愛らしい。小さなまなこで僕をしっかりと見ている。
よく見ると、何か小ビンのようなものを持っている。栄養ドリンクの宣伝広告だった。
──それにしても、どこかで見たことのある女の子だ。
どこだったか?
子役でテレビのコマーシャルにでも、出ていたのかな?
考えているうちに、ひとつ、大きな欠伸が出た。
今は思い出せそうもないが、何気無い暮らしの中で、いつの間にか埋もれてしまった記憶なのかもしれない、そんな風に思った。
最初のうちは、目の前を流れるガラスの先の景色に、特別な思いは生まれなかった。名残惜しいとか、寂しいとか、そんな風には思わない。
時たま、オレンジ色のネオン光が差し込み、バスの天井を同じ色で染める。
まるでそれは、橙色のセロハン紙を切り抜いて、裏面から貼り付けたような、色付きの影絵を思い起こさせる。
アームレスト付きの三列シートのバスで、進行方向に対し、僕の席は左側の窓際だった。窓から見える沈黙した町を眺め、家で眠っている父親と母親の事を、重ねて想った。
知らない町を通過した頃、隣の席から寝息が聞こえる。
なかなか眠くはならなかった。席の周りから、それぞれの寝息が、何重にも僕の耳に届く。
両耳を塞ぐと、靴を脱いで靴下を履いた足先に目がいった。爪先まで伸ばし、色が落ちて白くなったジーンズのシワを、膝を使って意味もなく伸ばした。
──僅かな光を遮り、カーテンを引くと、ふと、前のシートのヘッドレストの広告が目に入った。
「ゆっくりと、休んでね」
まるで、いわゆるテレパシーのように、頭の中に直接働き掛けてきた。
それは、まだ幼い女の子の声だった。
青いフリルの付いた服を着て、両えくぼが可愛らしい。小さなまなこで僕をしっかりと見ている。
よく見ると、何か小ビンのようなものを持っている。栄養ドリンクの宣伝広告だった。
──それにしても、どこかで見たことのある女の子だ。
どこだったか?
子役でテレビのコマーシャルにでも、出ていたのかな?
考えているうちに、ひとつ、大きな欠伸が出た。
今は思い出せそうもないが、何気無い暮らしの中で、いつの間にか埋もれてしまった記憶なのかもしれない、そんな風に思った。