オフセットスマイル
 ──それは、ある夜の出来事だった。

「はい、ホットドッグ。愛情サンドよ」

「あ、ありがとう」

 いきなり珠子から突き出されたホットドッグを、僕はすぐさま頬張った。口の中で、キャベツの食感とカレー味が広がる。

「何で愛情サンドっていうかわかる?」

 珠子も頬張っている。

「さあ」

「私のお父さんがね、昔、お母さんに作ってあげたんだって」

「そうなんだ」

 愛情と言うだけあって、美味かった。もうひとつ欲しいぐらいだ。


「それにしても、ここからじゃ、よく見えないわね」

 膝を抱えながら食べる僕の横で、珠子が言った。珠子が立ち上がった拍子で、絡まった草が力なくブチブチと音を立てて切れた。


「この丘がよく見えるってウワサだったのに、騙されたのかしら」

 千切れた草のいくつかの破片が、埃のように漂う。

 クラスメートあたりからこの場所を吹き込まれたのだろう。珠子は不満たらたらの様子だった。

 僕は目を反らし、遠くに見える光のかたまりに目を凝らしている。

「もう、これじゃ見えないじゃない。ごめんね、私の方から誘っといて」

「ううん、そんなことないよ。何とか見えるしさ」

 僕は炎の揺らめきを想像する。火の粉が舞い、焦がしている。

「私は上井君と、ちゃんとコレを見たかったの。だから……、残念なの」

 珠子は僕の横に座る。近過ぎたので、少し場所を譲る。

「いつもと様子が違うよ。珠子、なんかあったの?」

 珠子はご近所さんで、幼馴染みだ。だから些細な変化も分かる。

「ううん、何でもないの」

 なぜだか、僕は言いようのない距離を感じた。

 横顔すら見せたくないのか、流れるような彼女のうなじが、僕の瞳に映る。

 会話はそれっきり無くなり、結局、何も話してはくれなかった。


 風を感じる丘の夜は、たった一点の光を除き、静まりかえっている。

 その僅かな光でさえ、僕等を照らすことはなかった。

 
< 45 / 64 >

この作品をシェア

pagetop