オフセットスマイル
「でも……」


「僕は花束を贈りたい。花束を君に、贈りたい」


「花束? 私に?」


 髪をほぐして、珠子はさり気なく自分の瞼に触れる。もう一度見開いた珠子の瞳は潤んでいて、真ん丸だった。

 僕はそんな珠子に顔を近付けて続ける。


「お祝いさ。君への。受け取って貰える?」


「お祝い? 私の? 何の……いや、でも……、お金、持って無いんじゃないの?」


 涙を指先で掬い上げ、珠子が明るく取り繕おうとしている。どうしたら良いのか、困っているようにも見えた。

 だからと言って、僕は僕で、敢えて何も言わなかった。これ以上彼女に、自分のことを真っ直ぐに向き合って話したら、本当にどうにかなりそうで、例えば、息を吐き出すことすら出来なくなりそうだった。

「財布の奥に、ずっと、その為のお金が仕舞ってあるんだ」


 体を捻り、ズボンの膨らんだ後ろポケットから黒い財布を引き抜くと、ひっついてしまった財布の隙間を、カリカリと摘んでめくる。

 生地と裏地の隙間から、大切な宝の地図のような、小さく丹念に折り畳まれた紙幣が出てきた。


「ちゃんと覚えていたでしょ? 良かった。忘れる前に、このお金をこうして取り出せて、本当にほっとしたよ」


 つまみ出した紙幣を広げ、ヒラヒラとさせた。ところどころ折れ目の端から破れていたが、ヒラヒラさせることで、更にピリピリと裂けた。

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