四面楚歌-悲運の妃-
∴受け継がれる想い
昨夜の襲撃後に軽く休息をとった後、私は舞妃ノ宮の書庫に来ていた。
威仔には十分な睡眠をとるようにと言われたが、調べたいこともあり威仔がとめるのも聞かずにここへ来た。
柳将らの決意を聞いて、軍妃を分かっていないのは私なのではないかと感じた。
軍妃の歴史ついては、軍妃候補として舞妃ノ宮にて教わっているし知っている。
なぜ後宮軍が出来たのか、後宮軍の意味を知り軍妃としてその役目を全うするのは当たり前のことだ。
しかし私が知っているのは、それだけだ。
歴代の軍妃たちの歴史がどのようであったかを詳しく知らない。
書棚に並ぶ沢山の[後宮軍記]に手を伸ばす。
数え切れない程ある[後宮軍記]
そのはじまりは宮歌國二代皇帝・黄粛帝の御世から始まる。
宮歌國にしても、ほか四國にしても、國の基盤を固めたのはいずれも二代皇帝だ。
また、初代聖人たちが世に出るようになったのも二代皇帝の時代である 。
二代皇帝・黄粛帝が設立した後宮軍はこの宮歌國にしかない。
国の子宮である後宮を軍にしようと考えた皇帝は、後にも先にも黄粛帝だけだろう。
妃であり、宮歌國兵でもある。
皇帝の妃を危険にさらすのは、皇帝の御子の誕生の妨げになるのではないか
後宮の意味を無くしてしまう
様々な意見と反対があったことだろう。
しかし四方を敵国に囲まれている宮歌國だからこそ、実現できたことだ。
後宮軍は後宮を守り、ときには戦場でも活躍した。
その功績があるからこそ、今まで在り続けた。