彼がメガネを外したら…。〜恋のはじまり〜
声のした方を振り向いてみると、相変わらず野暮ったく無表情の岩城がいた。
絵里花は肩をすくめて、そばに置いてあるコンテナから、古文書の一つを取り出して開いてみる。すると、追いを打つように、岩城の厳しい言葉が向けられた。
「君は、そんなに伸びた爪で文書を触るなんて、どうかしてるんじゃないか?文書を破損させる気か?!」
絵里花はハッとして、思わず手を引っ込めた。
細部にまで気を抜かない絵里花は、指先にも綺麗なネイルアートを施し、その見栄えがするように爪も伸ばしていた。
「これまで、どの程度のことを学んできたのか知らないけど、ここにいて貴重な文書を扱うからには、それなりの心構えをしておいてくれないと、困る」
岩城は辛辣なものの言い方をしたが、絵里花は何も言い返せなかった。
大学で歴史を選択したのも、崇に流されてそうしてしまったからで、自分の意志ではなかった。世渡りの上手い崇は、サッサと一般企業に就職を決めたが、おっとりしていた絵里花は出遅れてしまい、結局大学の教授の口利きでこの歴史史料館の嘱託職員に落ち着いたような始末。