恋のかけ引きはいつも甘くて切なくて
「あのな、実は…
ひよりには悪いんだが…。」
私が座るのを確認したお父さんは、
少しうつむきながら口を開いた。
「引っ越さなきゃいけなくなったんだ。」
「へ〜。そうなんだ。
で、誰が⁇」
「誰が⁇じゃなくて、
我が家だよ。我が家。」
…へ⁇
我が家⁇
え、我が家って我が家⁇
桜井家⁇
お父さんに、お母さん⁇
それに…
「私も‼︎‼︎‼︎⁉︎」
私はお父さんの言葉に
動揺を隠しきれず、
思わず椅子から立ち上がった。
「え、ちょっと待って‼︎
ぜんっっっっぜん‼︎理解出来ない‼︎
だってもう春休み過ぎたら私、高3だよ⁉︎
今引っ越すの⁉︎」
「だから悪いと思って、
一応前置きをしたんだが…。」
「仕事の都合でどうしても、
引っ越さなきゃならないの。
ひよりには少し酷かもしれないけど
せめて3年の始業式までには
引っ越した方がいいと思って。」
「やだーーーー‼︎‼︎‼︎」
「もうっ。仕方ないのよ〜。」
「すまないなひより。」
「いやぁぁー‼︎‼︎」
* * *
私はその日、今までに無いくらい
声を張り上げた気がした。
春休みの間何度もタダをこねては、
今日まで粘って来た。
が…
「ほら、行くぞ。」
ーヒョイッー
「あっ‼︎お父さんの卑怯者ー‼︎‼︎」
チビで小柄な私は、
いとも簡単にお父さんに
抱き抱えられ車に乗せられてしまった。
始業式の3日前。
私達、桜井家は住み慣れた街を後にした。