主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
徒歩で幽玄町へ行くには少し時間がかかってしまい、幽玄橋にたどり着いた頃にはすっかり陽も暮れて人ひとり歩いていない状況になった。

息吹は完全に姿を消すことのできる羽衣を頭から被ると、幽玄橋の中心付近に立っている赤鬼と赤鬼の脇を息を殺してすり抜けた。


速足で幽玄町の最奥にある屋敷までようやくの思いで辿り着くと、玄関を通らず庭に回り込んで足音を立てないように注意しながら様子を窺った。


「天満、お前そろそろ寝ないと息吹に言いつけるぜ」


「それは駄目!寝るから言わないで!」


三男の天満が蜜柑を頬張りながら慌てて立ち上がり、雪男が笑いながら蜜柑の皮を片付けてごみ箱へ捨てようとした時――何かの気配を感じたのか、こちらを見た。


気付かれたかと一瞬焦って両手で口を覆って雪男を凝視すると、気のせいと思ったのか縁側から離れて天満を追いかけて行き、息吹はへなへなと座り込んだ。


「危なかった…」


――目指すは地下だ。

昔から地下に下りてはいけないと言われていて、地下二階まで下りたことはあっても、さらにその下の最下層までは行ったことがない。

だがきっと、あの声の主はあそこに居るのだと直感が告げていた。


「でも主さまの結界があるんじゃないかな…」


地下一階は雪男の部屋があり、地下二階には牢がある。

そして最下層の三階――この手前には主さまが張った結界があることまでは知っているが、どうやって打ち破るかまでは考えていなかった。


「絶対すぐ知られちゃうよね…怒られちゃうよね…」


縁側から居間に上がり、廊下に出て地下へ続く階段をゆっくり下りた。

とても冷たい風が吹いてきて身を縮めながらも地下二階を下りると、薄い光の膜のような結界が肉眼でも見えた。


「どうすれば…」


階段に腰かけてじっと考えた。


『……て…』


「…え?」


『……来て…』


その声を、知っていた。
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