主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
書物を探さなければならない。

だがあまりにも情報が少ないため、書物と言えば当主以外入ってはいけない蔵くらいしか思いつかない。


「主さま…この前会いに来てくれた時なんだか言いたげだったけど…地下のあの子のことなのかな」


それしかない、と確信した。

可憐で何の害もなさそうな少女だったが、あの屋敷の地下に少女がああして閉じ込められている事自体、異常だ。


「でも蔵の鍵を貸してなんて絶対言えないし…」


足は自然と夫婦の部屋に向かい、部屋に入ると暗闇の中ぽつんとしばらく佇んでいた。

人であるため夜目はきかない。

だが――本棚が淡く光っている気がして、近付いた。


「…?書物……?」


やけに古めかしい書物が一冊、無造作に本棚に突っ込まれていた。

――主さまは読書などするはずがない。

どうしようかと手を伸ばしたり引っ込めたりしたが、何かが起ころうとしている異変を無視することができずに、そっと本に触れた。


「わ…っ」


ばちんと一瞬火花が散ったがそれ以上何も起こらず、目を凝らすと古い表装には‟下弦”とだけ書かれていた。


「…下弦…?」


人物名だろうか。

主さまの持ち物を許可なく勝手に触ったり読もうとする行為は気が引けたが、少しだけと心の中で主さまに謝りながら開いてみた。

雪男たちに知られてしまうため明かりはつけられない。

もちろん内容など読むことはできないだろうと思っていたが――


「……う…っ」


――頭の中に見たこともない景色が流れ込んできた。


『下弦…』


『花…』


地下に居るあの少女が‟花”と呼ばれ、書物を書き記した‟下弦”という主さまによく似た男が微笑む。


「なに、これ…」


あの少女は‟私たちのことを知って”と言った。

何かを託されたと思った。


息吹は懐に書物を忍ばせると――そっと屋敷を後にした。
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