主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③
‟渡り”とは接触したくはないと遠野たちから敬遠されたため、下弦はひとりで少女の世話をしていた。
赤く爛れた全身に軟膏を塗り、清潔な布で傷口を覆い、とにかく徹底的に食べてよく寝ることと訥々と教え込んだため、次第に下弦を信用し始めた少女は言うことをきくようになっていた。
「名がないと呼びにくいなあ…どうしようか」
「…」
相変わらず何も話さない少女がふと花瓶を指した。
気休めにと少女の目と同じ色をした桔梗花を飾っていたのだが、それを指した後自らを指したため、実は花の名前は詳しくなかった下弦は、照れたように頬をかいて笑った。
「じゃあ…花…でいいかな」
こくんと頷いた少女――花は、いつものように身体に軟膏を塗ってくれた下弦の目から胸などを隠すような仕草を見せたため、下弦は慌てて顔の前で手を振って言い聞かせた。
「大丈夫、君に変な気を起こしたりはしないから。ただ本当に良くなってほしいんだ」
「…」
まるで独り言のように自分しか話さない空間で――か細く高い声がどこかで…いや、頭の中で響いた。
『ありがとう…』
「え…?」
『ありがとう…あなたの名は?』
――目の前の花は口を動かしていない。
だが確実に頭の中で聞こえる少女の如き幼い声――
「君…なのか?」
『ごめんなさい…私、直接話せないの。話すと災いが起きるから…』
「そう…なの?ああでもこうして話せるなら安心だ。どこか痛くはない?」
花は最初表情が曇っていたものの、下弦がやわらかな笑みを見せたため、安堵したようにふわりと笑った。
『怖くは…ないの?』
「怖いものは多いよ。でも君は怖くない。僕のことは…怖くない?」
『いいえ…全然』
互いにぷっと笑って空気が和んだ。
やっと会話ができた――
心が通じ合った瞬間だった。
赤く爛れた全身に軟膏を塗り、清潔な布で傷口を覆い、とにかく徹底的に食べてよく寝ることと訥々と教え込んだため、次第に下弦を信用し始めた少女は言うことをきくようになっていた。
「名がないと呼びにくいなあ…どうしようか」
「…」
相変わらず何も話さない少女がふと花瓶を指した。
気休めにと少女の目と同じ色をした桔梗花を飾っていたのだが、それを指した後自らを指したため、実は花の名前は詳しくなかった下弦は、照れたように頬をかいて笑った。
「じゃあ…花…でいいかな」
こくんと頷いた少女――花は、いつものように身体に軟膏を塗ってくれた下弦の目から胸などを隠すような仕草を見せたため、下弦は慌てて顔の前で手を振って言い聞かせた。
「大丈夫、君に変な気を起こしたりはしないから。ただ本当に良くなってほしいんだ」
「…」
まるで独り言のように自分しか話さない空間で――か細く高い声がどこかで…いや、頭の中で響いた。
『ありがとう…』
「え…?」
『ありがとう…あなたの名は?』
――目の前の花は口を動かしていない。
だが確実に頭の中で聞こえる少女の如き幼い声――
「君…なのか?」
『ごめんなさい…私、直接話せないの。話すと災いが起きるから…』
「そう…なの?ああでもこうして話せるなら安心だ。どこか痛くはない?」
花は最初表情が曇っていたものの、下弦がやわらかな笑みを見せたため、安堵したようにふわりと笑った。
『怖くは…ないの?』
「怖いものは多いよ。でも君は怖くない。僕のことは…怖くない?」
『いいえ…全然』
互いにぷっと笑って空気が和んだ。
やっと会話ができた――
心が通じ合った瞬間だった。