主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
それからの日々、下弦は花を住まわせている部屋に通い詰めて百鬼たちから不思議がられていた。


「最近の主さまはやけに調子が良さそうだ」


「奥方たちと距離が縮まったのでは?最近、子が生まれたから」


「いやしかしあれは務めだと言っているし夫婦という感じでは…」


――そう言われるのも仕方がないほど下弦は…うきうきしていた。

花の調子は依然としてまだ良くはなっていなかったが改善はしている。

会話ができるようになったため、調子のいい時は少しずつだが話を訊けるようになっていた。


「君は…その…妖にやられたの?それとも‟渡り”に?」


『……同族にやられたの』


その一言でひとまずほっとした下弦は、胸を撫で下ろして笑った。


「ごめん、もし君がこの国の妖にやられたのだとしたら、僕が制裁をしなければいけなかったから」


『違うのよ…私…追われているの。もうずっと、ずっと…』


追われている――

それを聞いた途端下弦はすっと立ち上がって庭に通じる障子を開けると、目を閉じて念じた。

元々屋敷に結界は張っているが、それを侵すような者はいないため、強度はそんなにない。

だが花が追われていると聞いて、部屋により強固な結界を張った下弦は断固とした口調で花を振り返った。


「この部屋から出ないで。追われているなんて、でもどうして…」


『…私……‟言霊使い”なの』


思わず目を見張った。

言霊使いとは書いて字の如く、言葉に念が宿るため、例えば下弦に対して‟下弦に死んでほしい”と口に出して話すと、下弦は言霊に縛られて自死してしまう――そういったとても危険な類の能力の持ち主だ。


つまり――口に出して願望を話すとそれは全て叶ってしまう。

だからこそ、能力を求める者から追われる人生――


「そんな…可哀想に…」


今度は花が目を見張った。

同情してくれた男は、下弦がはじめてだった。
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