夢うつつ


 試用期間が延長されてから、菜月は緋炎とも話すようになった。大抵、呪符で戻る少し前に話をする。そんな感じなのだ。
「だいぶ慣れてきたな」
「緋炎さんが慣れてるからじゃないですか?あたし足手まといにならないようにするだけで、精一杯ですから」
 なんともこんな会話が楽しい。
「慣れるのは早いと思うぞ」
 その言葉に菜月が笑っている。
「あ……」
「まだいやがったのか!」
 すぐに携帯に連絡を入れる。疲れた菜月には酷だ。
「陽光、すぐに頼む!」
――……レラノ元ヘ……――
 唐突に妖魔が言う。
「いや……」
「菜月!」
 何かに足が竦んでいる。
 すぐに妖魔を消し去る。それしか緋炎には出来ない。
「大丈夫か?」
 がくがくと震えていた。
「悪い、こんなところで話していたせいだな」
「違います。あたしも話してるの、楽しいですから」
 また少女に気を遣わせている。
「……戻るぞ」
 その言葉に菜月が頷いてきた。

 帰りついても菜月は怯えていた。妖魔にすらそこまで怯えた事のない菜月が、何故怯えていたのか。
「何があった?」
「いや、妖魔が声をかけてきた」
 それだけではないのかもしれない。だがそれしか原因は分からない。
「……して?」
「菜月?」
「どうして?どうして!?」
「菜月!?」
 思わずがくがくと肩をゆすった。
「あ……」
 血の気が引いた顔はあまりにも切なかった。
「すみません……」
「今まで妖魔に声をかけられたことは?」
「あるわけないじゃないですか!!」
 聖の問いにムキになって答えていた。
「なるほど。ここに来るまで実戦自体無かったと見ていいのかな?」
 だが、震えた菜月は答えようとしない。
「……少し休んで、今日はあと帰りなさい」
 まともに歩く事すら間々ならない状態の菜月を抱えあげたのは陽光だった。
「歩け……」
「うん。歩けるだろうけど、その体力は帰るときまで取っておいたほうがいい。だからこういう時は俺たちの方が年上だから頼ったほうがいい」
 このあたりの気配りはさすがとしかいいようがない。
「緋炎、状況はお前しか分かんねぇんだから、お前がついてろよ」
「あ……あぁ」
 着替えが出来るようにと提供された部屋のベッドに菜月を座らせて陽光は店に戻った。すぐ近くの椅子に腰掛けて様子を見る。こういう時、どんな言葉をかけてやればいいのか、緋炎には分からない。
「怖かった……」
「だろうな」
 冷静になって思い出せばあの妖魔は菜月に声をかけていた。「我らの元ヘ」?我ら?
たとえ菜月に思い当たる節があったとしても、聞くことなど出来ない。今の菜月に聞いたら、今まで以上に警戒するだろう。
「……膝、抱え込むのだけは止めろ」
「え?」
「見えるぞ?」
「きゃぁ」
 その言葉にも覇気がない。黙ってブランケットを膝にかけた。
「緋炎さんは平気なんですか?」
「何がだ?」
「いきなり話しかけられて、平気なんですか?」
「俺は話しかけられたことがない」
 素直に言うしかないだろう。
「陽光ならその辺り詳しいから聞いとけ。妖魔が話しかけるときはいくつか理由があるらしい」
「分かりました」
 頼りない答えしか出してやれない。
 こういう時、悪友たちの「女心が分からない」という言葉がその通りだと思う。陽光ならいくらでも安心させられる。だが、緋炎は出来ない。
「……餓鬼の頃からこういうことに巻き込まれてるせいか、俺は当たり前だと思ってしまう。でも、違うんだな」
 おそらく今の菜月の反応が普通だろう。だが、菜月は首を横に振るだけだった。
「そういう話じゃなく、別の話してもらえませんか?」
「あ……悪い」
 何の話をしよう、そう思うとつい昔話になってしまう。大事な思い出、あいつらに聞かれていないのだから、遠慮なく話してしまう。
「やっぱり緋炎さんってロマンティストですよね」
「言うことに事欠いて答えはそれか?」
 やっと笑うようになったかと思ったら、それだ。
「だって、思い出美化されてるような気がしますもん」
 楽しそうに笑う。
 そして着替えるから出て行けと。
「ったく」
 普通の女子高生はあんなものなのかと思う。
 少し離れたところに聖がいた。
「だいぶ落ち着いた」
「妖魔を見ても驚かない子供が話しかけられて驚く?そんな馬鹿な話があると思うか?」
「初めてだったら驚くかもしれない」
「なるほどね。私にはあまり分からないが」
 そんな話をしていたら菜月が着替えて出てきた。
「顔色はだいぶましになったね。お疲れ様」
 その言葉に菜月は一礼をして帰っていく。
「意外に頑なな少女だ」
 聖が苦笑していた。
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