夢うつつ
陸
帰りがけ、陽光と話す。
「初めて聞いたぞ。お前に婚約者がいるってのは」
「本決まりじゃない」
「らしいな。あの爺の子供だって?」
あの爺と言っただけで憎しみの度合いが分かる。
「どういう理屈だ?答えろ!」
胸倉を掴んで陽光が怒鳴ってきた。
「……お前と会う前の話だ。本当に餓鬼のころの」
「俺と会う前ってことは……好の一件の大分……」
「前に決まってるだろうが。そのあとになったら、時間軸がずれるぞ。ただ、約束してから会っていない」
「はぃぃ?」
掴んでいた手も簡単に緩んだ。
「そのあと樹杏が国外の役職に就いた。保護者は樹杏という事で本家で了承されていたから、そのまま一緒に行ってそれきりだ」
唖然としているのは当たり前だろう。
「で?」
「そのあと会ってないって何度言わせる?」
「だってよぉ……その樹杏さんって今こっちにいるだろうが。それに直系だろ?年に数回の集まりは強制参加……」
「樹杏は来る事はあった。それでも妹は大抵置いてきた。連れて来ても体調不良で寝ている。そこまで言えばわかるか?」
面白くない事実だ。
「しかも、こっちに来てからもわざと末端の役職に降格して、こっちの集まりには必要最低限、妹は具合が悪いの一点張りで連れてこない。この状態でどうやって話を進めろと?」
「そういや、この間は自分のそばにすでにいない、だっけ?」
「あぁ」
「どうしたもんかねぇ……。ほれ、あれだ。援助交際と噂される女子高生……あり?髪形違うな……別人?同じ?」
思わずそちらを見る。だが、一緒に歩いている女性の顔はまったく見えない。
「……どっかで見覚えある雰囲気の子なんだよな。もしかしたら琴織の生徒か?」
既婚者とはいえ陽光は人気があるらしい。手紙をもらう事もしばしばあり、その後輩の顔を覚えているあたり凄いとしか言いようがない。
「あん時も後姿しか見えなかった。後姿一枚と顔が見えたら一枚と思ったけど無理だったな。それこそ全員動員したけど、こっちがつけてるのも分かってんだよ、あの人」
路地に向かって二人が歩いていく。思わずあとをつけた。
「おや、あとをつけるとは悪趣味ですね」
路地にいたのは一人だけだった。
「樹杏……」
「お遊びも程々に……では失礼」
「待て!」
だが、暗がりに消えていく。
「うっわぁ……くえねぇ」
陽光が驚いている。
「お前に絶対従わないって言ってる様な態度だな。杏里さんは飄々としていて良くわからん人だったけど、あの末端で何する気だ?」
「知るか。この状況で会えるとでも?」
「無理だな。他に女見つけちまう?」
「止めておく」
「あっそ。今までだったら、相手も本気じゃないやつとは付き合ったかも知れんのに……マジなんだな」
「悪いか」
「いんや。もしかしてあの写真の女の子か?」
唐突におちょくりモードに入った。
「美恵ちゃんに言ったら、どんだけ楽しくなるんだろ」
「あいつに言うな!」
「分かった。美恵ちゃんには言わない。でも好との間には秘密はなしってやくそ……」
「ふざけた事抜かすな!!誰にも言うな!!」
腹を抱えて陽光が笑う。
「ナルホド。これで『ロマンティスト』なわけか。思い出も美化されてんだろうなぁ」
「やっかましいわ!!」
どうして菜月と同じことを言いやがる。
「図星?ま、今日飯おごれ。口止め料じゃ」
その言葉を受け、いつもの店に行く。
「そろそろ女の子が好みそうな店もセレクトしとけよ?お前と来ると大抵こういう店だ。だからって毎回東堂のホテルのラウンジもどうかと思うぞ?」
「やかましい。会えるようになってから考える」
そう言いながら丼飯をかっ込んでいく。
「菜月ちゃんあたりにいい店聞いとくと後々楽かもな。それ位の歳なんだって?」
そこまで仕入れているあたり最悪だ。