政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

将吾さんが黒のケースをぱかっ、と開けた。

「パテック・フィリップ?」

彼は中に入っていた時計を見てつぶやいた。

「……いや、違うな。『グランド・セイコー』か」

そう。わたしが彼にプレゼントしたのは、国産の最高峰の時計だった。

「島村さんに訊いて将吾さんがすでにTPOに合わせた時計を持ってるなと思ったけど、父に相談したらこの時計を勧められたの。年配の人が見ると『こいつ、若いのにちゃんとわかってるな』って思う時計なんだって」

「……取引先の会長や社長との会合や会食のときに良さそうだな」

将吾さんがにやりと笑う。

「それから、商用で海外に行ったときには必ずつけるように、って」

なぜだ?という目になる。

「世界に誇れる自分の国の最高峰のものを堂々と身につけてるヤツは信用できる、って思われるんだって」

なるほど、という目になった。

「外交先でオメガのスピードマスターを嬉々としてつけてる、どこぞの国の首相に聞かせてやりたいな」

オメガのスピードマスターに罪はないけれど、あんなスポーティな時計をあんな公式な場で身につけるなんて、世界中に恥を(さら)しまくっているのと同じだ。

「……そういえば、定番すぎて逆にホワイトフェイスの黒革ベルトのドレスウォッチは持ってなかったな……ありがとう」

公式な場で身につける時計は値段ではなく「形」が重要なのだ。

「確かに、グランド・セイコーは日本なんかより世界での方がずっと高く評価されてるもんな」

そうだよ、日本人はやっぱり「世界のセイコー」だよ。シチズンの「ザ・シチズン」も海外受けが良いらしいけど、そのグランド・セイコーは限定品の約千本の中の一本だよ。クロコ革だよ。

……わたしは国産の時計持ってないけどね。

手首につけたカルティエのタンク・フランセーズを見た。手首が細すぎて、タンクの中ではフェイスが小さな正方形のフランセーズしか似合わないのだ。男性用のデカい時計をつけてる女の人は重たくないのかな?

……クレドールだったら華奢なデザインで軽いから、文字盤がダイヤになってるのでも買おうかな?

不意に、その手首を引っ張られた。
思わず、顔を上げる。


「彩乃、ぼんやりするな……おれを見ろよ」

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