政略結婚はせつない恋の予感⁉︎
階下のリビングでは、裕太がわたしの顔を見るなり、
「チョコのロールケーキ、すんげぇ美味かったっ!」
と、テリーヌ・オ・ショコラを讃えた。
ロールケーキとはちょっと違うけどね。
「あんた、心して食べたでしょうね?それ一本いくらするか知ってんの?ぶったまげるよ?」
わたしは急いでリビングを通り、ダイニングテーブルとアイランドキッチンをすり抜け、コンロへたどり着いたら、ケトルに水を入れて火にかけた。
「えっ、いくらすんのー?」
リビングのソファの裕太がキリンのように首を伸ばして、キッチンのわたしに訊く。
「ググりな」
わたしは冷たく言い放ち、アイランドキッチンにカップを三つセットして(一応、裕太にも淹れてやるか)棚からカルディのレギュラーコーヒーの袋を取り出す。うちでは、普段使いのコーヒーはコスパ重視なのだ。
早く戻らないと将吾さんがわたしの部屋でなにをしてるのか気が気じゃないので、豆を挽くのはやめておいた。もちろん、コーヒー豆もコスパ重視でカルディだ。
「……なぁ、姉貴」
「なによ?」
サーバーの上にドリッパーを乗せて、ペーパーフィルターを置く。
「あの人とは前からの知り合いだったの?」
……『あの人』って将吾さん?
ペーパーフィルターにマンデリンフレンチを人数分プラス一杯入れる。
「そんなわけないじゃん。ついこの間、お見合いで知り合ったばっかだよ?」
ケトルのお湯が沸いたので、ドリップに注ぐ。
「……ねえちゃん」
裕太が神妙な顔して、上目遣いで訊く。
「実は、お見合いに行ったら……元カレがいました!って驚きの再会だった、とかじゃないの?」
「はぁ!? なに言ってんの、あんた」
危うくケトルを落としそうになる。
「おかしいと思ったんだよな。あっという間に婚約するし……そういうことなんだろ?」
裕太が一人でしきりに、うん、うん、と肯いている。
わたしは冷蔵庫から、裕太が母屋からおすそ分けされて持ってきたテリーヌ・オ・ショコラの箱を取り出した。
「バッカじゃないの!?
そんなドラマやケータイ小説みたいな胸キュンな展開、実際にあるわけないでしょ!」
それに……なんで、将吾さんが『元カレ』なわけ?
「もおっ、変なこと言わないでよねっ。
あのときが正真正銘の初対面で、わたしたちは政略結婚なんだからっ」
わたしは淹れたコーヒーのうちの一つのカップをリビングのローテーブルにガチャン、と置いた。
「なんか、お互い気兼ねなく言いたいこと言えてるみたいだからさ」
裕太は口の中で、もごもごと言った。
「……フツーに付き合って、フツーに婚約したように見えたんだよ」