政略結婚はせつない恋の予感⁉︎
「……えーっ、彩乃さん、婚約者さんの会社へ出向ってことは、もうこの会社には戻ってこないってことですかぁ?」
秘書課の唯一の同僚である二期下の山本ちゃんが、わたしの辞令を知って、泣きそうな顔でやってきた。
結婚したら、仕事を辞めて相手のおうちへ入ることになるだろうから、
「たぶん、そうなるのかも。わかんないけど」
と答えたら、山本ちゃんが抱きついてきた。
「あたし、イヤですぅ。なんとかなんないんですかぁ?」
一五〇センチ台の山本ちゃんが上目遣いで訊く。
マロンブラウンのセミロングのくるりんとした内巻きカールは、今日も完璧だ。
だけど、それももう、見られなくなる。
なんともならないことなので、山本ちゃんの頭をぽんぽんするしかない。
「彩乃さんくらいなんです。あたしのこと『ぶりっこ』って陰口を言わないでくれるのは。
……新しく配属された人がイジワルな人だったら、どうしよう」
山本ちゃんは青ざめている。
「大丈夫よ。山本ちゃんも、もう四年目じゃん。次にやってくるのはきっと後輩だよ。あなたが『教育係』になるのよ。しっかりして!」
山本ちゃんは、まだ、ううぅ…となっている。
「山本さん、朝比奈さんにとってはおめでたいことなんだから」
見かねた秘書課長が声をかけてきた。
三十代後半の木村課長は、家庭では二人の娘さんの良きパパだ。
「朝比奈さんの歓送会をやらないといけないね。山本さん、セッティングよろしくね」
山本ちゃんは、小さな声で「はい」と答えた。
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その週の金曜日の夜、会社の最寄りの駅近くの居酒屋で、わたしのための歓送会が和やかに開かれた。
さすがに重役の方々はいらっしゃらないけれど、個人付きの秘書の人たちはボスの接待のスケジュールを調整して、秘書課の二人とともに全員参加してくれた。
そして、わたしは新卒後六年間勤務した、あさひJPNフィナンシャルグループを事実上、退社した。