政略結婚はせつない恋の予感⁉︎
「なんでここにいるのよっ!」
わたしは叫んだ。
「静かにしろ。ここは隣近所が神経質なんだ。苦情がくるぞ」
海洋は淡々と言った。
「アメリカから帰ってきたときは、ホテル代わりにここを使ってる。と言っても、先月に使っただけだがな」
八年前、アメリカに行ったっきり、先月の妹の結婚式まで一度も帰国してなかったんだ。
「でも、目白の実家も、神山町のおじいちゃまのお屋敷もあるじゃん!?ここよりずっと便利なところにあるのにっ!」
わたしはやっぱり叫んでいた。
戦前は朝比奈財閥と呼ばれたあさひJPNグループは、創業者の長男でわたしと裕太の祖父の榮壱がグループを統括する持株会社、次男で太陽・海洋・蓉子の祖父の總爾が銀行、三男で慶人と大地の祖父の龍藏が証券会社を引き継いでいる。
みんな名字が「朝比奈」なので、それぞれ住んでいる場所から、榮壱を「大山町のおじいさま」、總爾を「神山町のおじいさま」、龍藏を「松濤のおじいさま」と呼んでいた。
「おまえこそ、大山町があるじゃないか」
……実家には戻れないから、ここに来てるんじゃないのっ!
「もう、いいよ。海洋はマスタールーム使ってるんだよね?わたしはゲストルーム使うから」
わたしはよっこいしょ、とマイクロモノグラムのキャリーバッグを玄関マットに上げる。
踏めば踏むほど風合いがよくなるというペルシア絨毯だから、汚れたキャスターでもいいだろう。
すると、海洋がハンズプラスの赤いスーツケースのハンドルを掴んだ。
ペルシア絨毯のマットに上げてくれるのかと思ったら、スーツケースを持ち上げたまま歩き出した。
わたしもあわててキャリーバッグを持ち上げ、あとに続いた。