政略結婚はせつない恋の予感⁉︎
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「う…鶯谷っ?」

マイヤさんが素っ頓狂な声で叫んだ。
目の前の板さんも目を丸くしている。

いつの間にか「料理」から「にぎり」になっていて、(きす)の昆布締めがきたときだった。

まだ(ひのき)の香る真新しい一枚板のカウンターには、野暮なガラスケースの「ネタ見せ」はない。タネ箱は板さんの手元にあり、お任せだ。

おかげさまで、このようなお店に来てもいっさい緊張することはない。

マイヤさんから「幼い頃から、さぞかし立派なお寿司屋さんで食べてたんでしょうね」と言われたので、「わたしの『お師匠さん』は鶯谷にいました」と言ったら、前述のとおりのレスポンスとなったのだ。

それでも、お寿司屋さんのカウンターでお寿司をつまむなんて、中学校に入るまでは考えられなかった。「大人」が連れて行ってくれなかったからである。

ただ、祖父母も交えて家族でお寿司が食べたいときは、大山町の母屋にお店の人が来てにぎってもらっていたけれど。

八歳下の弟の裕太が小児喘息を患ったため、母親がかかりきりになったこともあって、中学生になる頃の「外食」は父親と二人で行くのが定番になった。

父親はなにを思ってか、中学二年生のわたしを鶯谷の場末のきたない寿司屋に連れて行った。

「……さすがに『改札を出たら、周りは絶対見るな』とキツく言われましたけど」

と言っても、見えてしまうけれども……十代の好奇心で、結構、ガン見しましたけれども……

陸橋を渡って少し行った先の路地裏に、その店はあった。

夏の暑い時期で、わたしはその店で、生まれて初めて(はも)を食べた。

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