政略結婚はせつない恋の予感⁉︎
「鱧って、関西の夏の風物詩の?」
マイヤさんの問いにわたしは肯いた。
板さんもちょっと、ん?って顔をした。
東京では、なかなか味わえない代物だからだ。
「滑らかな舌触りでした。実はあんなに細かい骨が多い魚で、丹念に包丁で『骨切り』しないと食べられないものだなんて、あのときは思いもしませんでした」
お酒は、奈良の風の森になっていた。
「板さんは四十歳前後だったでしょうか。
わたしが、鱧の洗いを梅肉にするか辛子酢味噌にするか、悩んでいたら両方出してくれました」
冷酒グラスの風の森を呑み干す。
微発泡という感じで、適度にしゃわしゃわした感覚が喉に心地よい。
……次は、なにを呑もうかな。
「お寿司屋さんでの食べ方も教わりました。
にぎりの前にまず、旬の『お料理』をいただくこととか」
『……嬢ちゃん、軍艦は醤油を直につけちゃいけねぇよ。キュウリが刺さってっだろ?
まずキュウリにつけてから、軍艦に塗るんだよ。もし、キュウリがねぇような気の利かねぇ寿司屋だったらさ、生姜につけてからそれを軍艦に塗るのさ。
知ってたら、女っぷりが上がるぜ。覚えときな』
背はそれほど高くなかったけれど、鋭い目でぎろり、と客を見る、いかにも若い頃はやんちゃしてました、という風情の人だった。
つまり、元ヤンだ。
思い出すと、自然と遠い目になる。
「でも、高校生になったある日、いつものように父と行ったんですけど、お店が閉まってました。予約していくようなお店じゃなかったので。
……本当に突然でした」
流れ板のような人だったから、なにかでしくじったのだろう、と父親がつぶやいていた。
今にして思えば、オンナのことだったかもしれない。子ども心にも、色気のある人だな、とぼんやり思っていたから。
「腕は良かったんでしょうけどねぇ」
マイヤさんがため息とともに言った。
「……そうですね」
わたしは曖昧に笑った。