政略結婚はせつない恋の予感⁉︎
折詰を待っている間、もうご飯もお吸い物もいただいて締めたはずなのだが、最近人気がお祭り騒ぎな山口の純米大吟醸「獺祭」を呑むことにした。
店主が蓮根を南蛮漬け風にしたものを出してくれた。甘酢とピリ辛の最強タッグのこの味なら、しっかり食べたあとでもつまめる。
獺祭さんは一口呑んだ島村さんの表情を一瞬で崩し、すかさず「うまいっ」と言わしめた。
確かに日本酒のことなんてよくわからないわたしでも、辛口なのに呑みやすく、呑みやすいのになんか「深い」味わいがある気にさせた。
たぶん、素人にもそう思わせるよう計算し尽くされた酒なのだろう。獺祭が杜氏による自然の賜物でないのは有名な話だ。
場が緩んだ感じがしたので、今まで気になってたことを聞いてみた。
「島村さんはおいくつなんですか?」
「将吾さまより一つ上です」
ということは、わたしより三つ上……三十一歳か。
「島村さんは大変じゃないんですか?
将吾さん……副社長のお世話」
「……慣れてますからね」
島村さんはくすっ、と笑った。
「将吾さまは今、社長がだんだん副社長へ仕事をシフトして行ってるので、相当忙しいんです。しかも、取引先で会う相手は年配の難しい方ばかりですからね。信用を得るためにかなり気を遣っているんですよ……それに加えて、海外支社の総責任者でもあるわけですから、今回のようなトラブルは早く善後策を取って、今後の再発防止策を考えないといけませんし」
表情はいつの間にか、いつもの無表情に戻っていた。
「でも、これからは私の仕事をあなたにも分担してもらわないといけませんね。『プライベートルーム』にはもう入りましたか?」
あ、業務用マニュアルに書いてあった「プライベートルームの整備」……放りっぱ、だったわ。
「あの……プライベートルームってどこてすか?」
おずおずと尋ねた。
今さら感、バリバリだ……気まずい。
「……そういえば、まだカードキーを渡していませんでしたね。失礼しました」
島村さんはスーツの内ポケットから黒のタイガのカードケースを取り出して、中から一枚のカードを抜いて、カウンターの上に置いた。
「副社長室の執務室の奥に仕事で遅くなったときのために、副社長のプライベートな部屋があるんですよ。簡易なベッドとシャワーと、着替えを置いておくワードローブとチェストがあります。
清掃は週一回、将吾さまのお屋敷でハウスキーピングをしている者が参りますので、あなたには着替えの補充やクリーニングの手配をお願いします」
わたしは、カウンターの上のカードを見た。
「あの部屋は会社内ではありますが、副社長というよりは将吾さまのプライベートな空間です。
そういうスペースが必要なほど「副社長」の職は激務ということです。このカードは副社長とあなたしか持っていません。清掃担当は副社長が開けないと入れないことになっています。
くれぐれも管理には気をつけてください」
カードを受け取ったわたしは、心して肯いた。