政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

「この部屋に一歩でも入ったら、おれのプライベートな空間だ」

「……副社長、本当に申し訳ありませんでした」

わたしは頭を深々と下げた。

「だからっ」

ダークブラウンの滑らかな前髪を、片手でぐしゃぐしゃっとした。

「『副社長』も敬語も、やめろって言ってんだ」

副社長は、まだ不機嫌な顔のままだ。

「……はぁ?」

わたしは間の抜けた顔になる。

「ここでは、あんたはおれの婚約者だ。秘書じゃない」

そう言って、副社長……将吾さんはベッドから立ち上がった。

「シャワーを浴びてくる」

将吾さんは奥に見えるドアの方へ歩いていく。

「あ…あの……将吾さん」

わたしがその背に、彼の名前で呼びかけると、彼がちょっと驚いたように振り向く。
名前呼びは、島村さんから言われて「練習」しておいてよかった。

「だったら……わたしのこと『あんた』って呼ぶの、やめてほしいんだけど」

わたしは思い切って言った。

「……わかった」

将吾さんはニヤリと笑った。

「そこのワードローブから、おれの着替え出してくれ……彩乃」

……えっ!? いきなり呼び捨てっ!?

不覚にも、胸がどきっ、とした。
心なしか、お酒を呑んだときのような頬になってるような気がする。

なるべく、顔を見られないようにワードローブまで歩く。扉を開けると、チェストがあって、袋に入った新品の下着類が見えた。

手早くシャツとボクサーパンツを取り出す。
わたしには弟がいるから、こういうのは平気で照れることはないんだけど……

早く渡そうと思って、くるりと振り向いたら、将吾さんはいつの間にか背後にいたらしく、ぶつかりそうになった。

「わっ…ご…ごめんなさいっ」

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