政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

わたしは執務室のドアをノックした。
返事がないので開けると、そこにはだれもいなかった。

わたしは奥のプライベートルームへ向かった。
ノックをすると「入れ」と声がしたので、カードキーで解錠してドアを開けた。

そこには、すでに身なりを整え直した副社長……将吾さんがいた。

ダークグレーのヒューゴ・ボスのスーツと、クリスマスを意識した深緑に真紅のレジメンタルタイは、今朝わたしが選んだものだった。

「荷物を置かせてもらってすみません」

わたしはマイクロモノグラムのキャリーバッグのバーを引き出しながら言った。

「『すみません』?」

将吾さんの片眉が上がった。

「荷物を置かせてもらってごめんね」

と言い直す……あぁ、めんどくさい人だ。

「あのねぇ、先刻(さっき)まで仕事モードだったんだから、急に切り替えるのは大変なのよ」

……そりゃ、あなたはいいわよ。

将吾さんはいつの間にか、仕事でもわたしのことを呼び捨てにするようになっていた。

「文句言ってないで、早く支度しろよ」

将吾さんは腕時計を見ながら言った。
ブライトリングのトランスオーシャン・クロノグラフ・ユニタイムだ。

「わたし、服を着替えなきゃいけないんだけど」

彼がここにいたら、今着ているスーツを脱げない。

「どうぞ」

……『どうぞ』って言われてもっ。

「婚約者なんだから、いいだろ?」

……よくないっ。

「結納前だし、婚約指輪もまだ受け取ってないじゃない」

わたしがそう言うと、将吾さんはくくっと笑った。

「わかった。結納の日取りも早めるし、婚約指輪も早く取りに行こう」

将吾さんはソファから立ち上がって、わたしの頭をぽんぽんとした。

「おれをこの部屋から追い出すのは、彩乃が初めてだ」

えっ、まさか、大橋さんとかをここに連れ込んでるんじゃ……

「もっとも、掃除のおばちゃん以外の女を入れたことないけどな」

将吾さんは愉快そうに笑いながら、自分のプライベートルームから「追い出された」。

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