『ツインクロス』番外編
それから数日後のこと。


「先生。お話があります」

「ん?どうした、雅耶?そんな改まって」


このところ、この店に良く顔を出している雅耶だが、今日は例のミーティングではなく一人だった。

思いのほか真面目な顔で目の前のカウンターに座っている彼の、その顔はどこか怒気を含んでいるようなピリピリした雰囲気を纏っている。

そう、まるで空手の試合前の時のような気迫さえ感じる真剣な眼差し。


「俺、見ちゃったんです」

僅かに視線を落とすと、雅耶がポツリと話し始めた。

「…何を?」

「こないだ…。夏樹が仕事を早く上がった日…」

そう言って、再び視線を上げた雅耶と直純は目が合った。


「先生と…夏樹が抱き合っているのを…」

「………」


今日、夏樹は休みだ。

あの日以来、調子を崩している夏樹に直純は少し休暇を与えた。

本人はやる気があると言っていたのだが、あまり無理をさせたくはなかった。

彼女は頑張り過ぎるのだ。

辛い時は、まるで自分を痛めつけることでそれを乗り切ろうとするかのような危なげなところがある。

直純は、そんな夏樹をどうしても放っておけなかった。


カウンター越しで睨み合うように対峙している二人の横で、仁志は何食わぬ顔でコーヒーを入れると、先程オーダーの入ったブレンドコーヒーを「お待たせしました」と、雅耶の前へと置いた。

仁志的には、この二人の話に特に触れるつもりはない。

直純は直純で、しっかり意思を持っての行動だと思っているし、直純程ではないが、それなりに自分も彼女を心配していた。そこに深い意味などは何もないが直純の気持ちも分からなくはないのだ。

だから、自分はあくまでも中立…というよりは、店側のマナーとして聞かない振りを決め込んでいた。
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