異世界征服
「ん」
彼女は俺の前に手を突きだし、少しだけ口を尖らせた。
「帰ろ」
更に突き出されたその手に触れることを拒む俺はいない。

それはまるで当然のように、俺は彼女に手を差し出す。
彼女はその手を掴んで、行きと同じようにして、俺は目を瞑る。
グラッと激しい目眩がしたが、来るときよりはマシに思えた。

それから来た時と違うことと言えば、目を開けた次の光景が、ディス、異世界じゃないってことだ。
フッと途切れた気も、徐々に回復し、それに伴って元通りの重力に慣れていく。

「なあ」
「何?」
知っている世界だし、知っている街並み。
だが一つ問いたいことがある。
大体予想はつきはするが、取り敢えず問うことにした。
「何故今俺は、人ん家の屋根に乗ってるんだ」

普通にあり得ない、信じられない。
もし上を見上げて、屋根に乗ってる二人組を見たら、それが友人か何かでない限り直ちに通報することだろう。
そんなの、小学生だって出来る。
ただ単に変質者であるからだ。

彼女はキョロキョロと辺りを見渡す。
そしてあからさまに嘘をつく奴のように、そっぽ向きながらこう言う。
「世界が違うからね~、多少変わっても仕方ないよ。それに……」
「それに?」

誘導的に俺が聞き返す。
「……ちょっと苦手だったりするんだよね、このループ」
やはりそうか。
何となくそんな気はしてた。

「まあいい。行くぞ」
俺は屋根の角に手を掛け、飛び降りようとした。
が、彼女は俺の服の裾を掴んだ。

「何してんの?」
俺の問いに、彼女はそのままの形で言う。
「何してんの?って槙くん、アッチなら平気だけど、コッチだと下手したら死んじゃうんじゃない?」
予想外の言葉だった。
彼女の言うアッチとはディスのことだろう。
「槙くん“は”死ぬの、怖いでしょ」

確かにディスとこの世界は重力も違うけど、俺はそんなヘマしない。
それに、槙くん“は”って言うと、まるで自分は死を恐れていないみたいだ。
ただ単に、言葉の選び間違いかもしれないが、少し、俺は突っかかるとこがあった。

「俺が死ぬ訳ないだろ」
第一、多少怪我はするかもしれんが、死ぬだなんて大袈裟な。
ヤバくても大抵大怪我で済むだろう。
死ぬのなんて極稀だ、二階だし。
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