いつか、らせん階段で
私をギュッと抱きしめて
「夏葉と一緒に寝る」
と繰り返した。

尚也の胸に手を当てて押し返そうとしたら、その手を強くつかまれた。
その強い力に驚いて、びくっとした。

「夏葉の匂いが違う」

今度は後ろ抱きにされて首すじの匂いを嗅がれる。

「やっぱり違う」

今度はぐるっと正面に回り込んで真剣な顔をして私の顔を見つめる。

「いつものシトラスの香りじゃない。どうしたの」


私は尚也の部屋からの帰り道でラベンダーのボディーソープを買っていたのだ。
どうしても今日は尚也の好きなシトラスを使う気になれなかった。

咄嗟に言い訳が見つからない。
黙っていたらどんどん尚也の表情が固くなっていくのがわかった。
私は悪くない。絶対に全然悪くないけれど、尚也の表情に悪いことをしている気になる。

「別に深い意味はないよ。たまには違うのもいいかなって思っただけ」

「本当にそう?」

「そうだよ」と言おうとしたら、尚也のスマホが鳴った。
病院からの呼び出しかなと思ったら違うようだ。

画面の表示をチラッと見てかなり気まずそうな顔をした。
ああ、そういう事。
ご実家?
それともさっきのお見合い相手の美女?

掛けてあったカーディガンとお財布を手に取った。
「コンビニにゼリーを買いに行ってくる」

「いや、いいよ。俺が行く」

私の腕を取ろうとした尚也に捕まらないようにさっと身を引いて「いい、自分で行く。尚也はここでゆっくり電話をどうぞ」と早足で玄関から飛び出した。

どうして私のうちにまで来たのよ。
どうしてこんな嫌な思いをさせられなきゃいけないの。
会いたくなくて尚也の部屋に行かなかったのに。
悔しさと淋しさで震えてきそうだ。

コンビニまでゆっくり歩いても2分。ゼリーなんてどれにするか悩む程のものじゃない。ゆっくり買い物しても往復10分もかからないで帰宅することになる。
それまでに電話は終わっているかな。
雑誌の立ち読みなんてほとんどしたことがない。どうやって時間を潰したらいいんだろう。
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