いつか、らせん階段で
今夜の宿泊先は森の中にあるオーベルジュだった。
雑誌で見たりしたことはあったけれど、こんな所に来るのは初めて。

濃紺の屋根で白い三階建ての洋館がここが日本ではなく外国であるような雰囲気を漂わせている。

客室内はアンティーク調でまとめられていて、クイーンベッドには天蓋が付いているし暖炉もあった。
今の季節が夏なのがかなり残念。
テラスからは噴水のある庭園と庭園から続く森が見渡せる。

「すごく素敵。尚也とこんな所に来られるなんてちょっと意外だったかも」

私は部屋の中を探索してはしゃいでいるふりをしていた。
ここには私の知らない尚也がいる。

普段の尚也はどこにでもいるような25歳のオトコ。医大を卒業してまだ2年。
先輩医師に付いて必死で勉強していて学生時代から住んでいる普通のアパートで普通に暮らしている。
でも、実は実家は有名な大きな病院を経営するようなお金持ちで尚也がそこのお坊ちゃんだと知ったのは1年ほど前。

尚也の勤める病院近くの居酒屋で飲んでいたら、たまたま彼の同期のドクターたち男女3人と出会った。
尚也は私のことをきちんと「俺の彼女」と紹介してくれたのだけれど、尚也が私から離れたタイミングで同期のうちの一人の女医さんに「ねえ、あなたって玉の輿狙いなの?」と聞かれたのだ。

私が不思議そうな顔をしたことに気が付いたその彼女は「あれ、知らないの?」と驚いた顔をした。
そして、そこで初めて尚也の実家の話を聞いたのだった。
実際私は何も知らなかった。
彼の父親も医者であることは聞いていたけれど。そんなお金持ちのお坊ちゃんだったとは。

尚也と一緒にいても、全くセレブなイメージがないのだ。
衣類や腕時計、家具、何をとっても普通の男子。こだわるものはこだわるけれど、だからって好きなものにたくさんお金をつぎ込んでいるわけでもないし、ホントに普通。
金銭感覚に私と大きな違いを感じなかった。だから全く気が付かなかったし知らなかった。

でも、本当の尚也はセレブなオトコだったんだっけと思い出した。
銀行の頭取の孫娘との縁談だって普通なんだろう。
そしてこんな所に来るのも彼の世界では普通の事なんだろう。

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