いつか、らせん階段で

浴室をのぞきに入ると、そこにはネコ足の大きなバスタブがあり、洗面台には高級なアメニティーがセットされていた。
それは以前から気になっていたブランドのものだ。
ナチュラルスキンケアブランドと銘打っていて、ふたを開けてにおいを嗅ぐと人工的でない優しいものでホッとする。

そして、ふと大きな鏡に映る自分が目に入った。
何て顔をしているんだろう。
血色が悪く、ツヤがない。にらみつけるように眉間にはしわが寄っていて口元はかたい。

私は未来がつながらない思い出なんていらないけれど、尚也は違う。私と過ごした思い出を持ってアメリカで新しい生活をしたいのだろう。
ならば、思い出の中の私は精一杯きれいで可愛い彼女でありたい。
もう少し自然に微笑まないと。


「な、つ、はー」

浴室の入口に能天気な声で私を呼ぶ尚也が現れた。

「どーしたの。浴室に入ったら出てこないし、物音もしないから倒れてるかと思ったよ」

「やだ、このバスセットの香りを確認していただけだよ。驚かせてごめん」

慌てて表情を作って私は微笑んだ。

「これこの間美容院で見た雑誌に出てたブランドのでね、前から気になってたの」
とアメニティーグッズを指さした。

「ヨーロッパじゃなくてアジアのブランドらしいよ」
そう言った私の言葉は彼の耳には届いたのか届いてないのかわからない。
私に密着して「俺は香水とか付けない夏葉のにおいが好き」と首すじにくちびるを這わせてきたから。
「いつものシトラスがうっすらと香るくらいでいい」

「私も尚也のにおいが好き」
首を傾けて首すじに尚也のくちびるを受け入れながら、彼の胸に自分の顔を寄せて彼のにおいを身体中にしみこませるように深く吸い込んだ。

「やばい、夏葉。このままくっついてると止まれなくなっちゃうな。ここの夕食は食べないと後悔するぞ」
私に密着しながら尚也が苦笑した。
「知ってる。オーベルジュでご飯食べなかったら何しに来たの?ってことになっちゃうからね」

でもね、「だから、この手は何なの」私のブラウスの隙間に差し込まれた手をきゅっと握ってやった。

「あははは、本能だよ、オトコのサガだから」
笑って軽く触れるだけのキスをして離れていった。

危ない、危ない。
本当にディナーを食べなかったら大後悔すること間違いない。
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