いつか、らせん階段で
『今夜は遅くなりそうだから、リーフの試食会は夏葉一人で行ってきて。ごめん』
夕方に尚也からメールが入った。
私の彼は相変わらず忙しそうだ。『了解』と返信をして一人でリーフに向かった。
リーフは夜の営業を始めてもうすぐ1ヶ月になる。
月替わりのメニューを決めるための試食係を可南子さんに頼まれたのだ。
今回から森本君の考案した料理も出されるらしい。それを含めて何品か検討するのだけれどきっとおいしいものばかりのはずだ。
だから尚也がいなくてもウキウキしながらお店に向かった。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ。夏葉ちゃん、今夜はよろしくね」
可南子さんが出迎えてくれた。今夜は試食のためだけに立ち会い接客してくれるのだという。
今夜のリーフは貸し切りで試食のための料理が並ぶ。
尚也が来られなくなったことのお詫びを告げて、私は早速カウンターに座った。
他のテーブル席には4組ほどのおそらく常連客から選ばれた試食する人たちがいる。
若い人や年配の人まで。
「だれが作ったのかも含めて一切の情報はなしで試食してもらうつもりなんだけど。とにかく気が付いたことはメモしてください。あとはこちらからの質問に答えていただく感じでお願いします」
可南子さんからの説明を受けて試食が始まった。
満腹にならないように気を付けて・・・少しずつ味見をして思いついたことをメモにする。
見た目、味付け、独自性とか。質問には丸印を付けて・・・っと。
サラダは2種類出された。スモークサーモンを使ったものとアボカドと豆腐を使ったもの。
フィッシュアンドチップスはソースがタルタルだけでなくチリソース、柚子胡椒、しょうゆマヨ。
野菜のしゃぶしゃぶとバーニャカウダ。
牛肉のたたきとステーキ。
鴨肉を使った料理も出てきた。
・・・コンフィだ。
コンフィを一口サイズに切るとじわっと肉汁が染み出てきた。飴色の皮と一緒に口に運ぶと期待通りの味で笑みがこぼれた。
そうそう、これこれ。
私の好きなはちみつ味の鴨のコンフィ。
たった一口で幸せになった。
ああ、もっと食べたい。
でも、まだデザートの試食もあるから・・・がまん、がまん。
自分の出番が終わった森本君が厨房から出て来て試食会の様子をうかがっている姿が見えた。
そうだよね、気になるよね。
森本君と視線が合って、私はにっこりとほほ笑んだ。このコンフィは君が作ったんだよね、そう伝わったかな。