夢現物語
邸では、既に、「藤一条」の名は失せているだろう。
そう、悲しまれた。

(私に葵の花をくれた方は、もういない。私の名を、知る人も。私の名の花をくれたのは、夢か現か幻か。)

尼君が姫君であられた頃、存在なさっていた、というのは跡形も無くなっているであろう。

書き物を片付けようとなさると、ふと、背後に、違和感を感じられた。

(肩が重いわ………如何してかしら?後ろに、何か、いるの?)

「一条。葵様。」

葵。
そう尼君を呼ぶのは、この世でただ一人、雲に隠れられた、かの一人。
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